9月3日 14時 アクロス福岡シンフォニーホール
九州交響楽団演奏会  指揮 小林研一郎
 ロッシーニ:歌劇「セビリアの理髪師」序曲
 ロドリーゴ:アランフェス協奏曲
 ムソルグスキー(ラベル編)組曲「展覧会の絵」
何と言っても展覧会。初めて聴いて30年弱、なかなか実演に接する機会がなかった。随所にコバケンさんらしさが見られ、それは必ずしも全て私の好みと同じではなかったが、そんなことはどうでもよい興奮でした。原曲ピアノ組曲はクラシックのピアノ曲でこんな個性的な、はっきり言えば変な曲はちょっとないと思う。いや誤解のないよう。好きなんですよ。天才を感じます。唯一無二の曲だと思います。ただ、ラベル版はもう別の曲ですね。初めて実演に接して、ラベルが「オーケストレーションの魔術師」等と言われるのがよく分かりました。この曲はやはり生じゃないといけませんね。CD聴いてただけでは分からなかった、「こんな音が鳴ってたか」「この音はこの楽器からこっちの楽器に引き継がれてたのか」などがいくつもあありました。本当にぶ厚くきらびやかな音の洪水の中で、終了近くに半径5㍍以内で鳴った携帯の着信音だけが要らない音でした。 
 この素晴らしいホールは半年ぶり。今度はいつ来れるだろうか。7月9日大分公演以来の九響万歳でした

[PR]
# by rui-carlos | 2017-09-03 18:19

大分から「白いソニック」で、一路福岡へ。今年4回目のクラシックコンサート。小林研一郎、九州交響楽団。プログラムは、ロッシーニ「セビリアの理髪師」序曲、ロドリーゴ「アランフェス協奏曲」、ムソルグスキー(ラベル編)「展覧会の絵」。少しありがちなプログラムではあるが(アランフェスはそうでもないかな?)我が九州が誇る九響の「午後のクラシック」だったか、そういう名前の企画物のようなものだから、定期演奏会と違った層のお客を意識したものでしょう。かく言う私も、実は高校時代に初めて聴いて以来「展覧会」の大ファンであります。正確に言えば吹奏楽部でこの名曲を抜粋ながら演奏したのです。(ティンパニ) しかしながら実演に接することはそれから約30年無かった。今回近い日程で行われる九響のいくつかの定期演奏会と、どれに行くか迷ったのだが(なんせ大分から福岡だし、限られた小遣いだし)やはり30年間実演を我慢してた「展覧会」に決めたのでした。小林研一郎は何度か聴いてるからできれば首席指揮者小泉和裕で聴いてみたかったけど、今回は全ては曲が優先になりました。では、行ってきます。(でも今「白いソニック」は停車中。何でもこの先の踏み切りに車が取り残されてるとのこと。あっ、今車が脱出したとのことで、発車のアナウンス。事故になってコンサートに遅れなくて良かった)
[PR]
# by rui-carlos | 2017-09-03 11:14

日野皓正 ビンタ

世界的トランペッター日野皓正氏の往復ビンタが問題になっていた。聞くところでは短期間ながら日野氏に言わば「弟子入り」したようなものだから、やれ「体罰」やれ「暴力」などと問題にすることないのでは? そういうものはとても素晴らしいことではないけど、現代の風潮のように「どんな場合もとにかくダメ」というものでもないと思っています。まして最近は薄れてきたとはいえ「師匠と弟子」の関係ならビンタくらいはあるでしょう。やられたその子が個人的に「許せねぇ」と思ったり、その子の親が「ちょっと日野さん」とクレームつけるならまだ分かりますが。あくまでも個人的な問題であってニュースにしたり、何の関係もない私たち第三者が問題にすることはないと思います。私は自分の子供に手をあげるし、彼らが学校や部活でいわゆる「体罰」を受けても、甚だしく激しい物だったり執拗だったりしなければ受け入れます。昔風に「お前が悪いから殴られるんだ」と。
 日野さん頑張って。そしてその中学生?も、ドラムは楽しいよ。頑張れ

[PR]
# by rui-carlos | 2017-09-03 08:55

キンコン西野偉い

 漫才コンビ「キングコング」の西野氏のブログで、芸能人の不倫についてのワイドショーの取り上げ方やバッシング、謝罪要求等について書いてあるのを読んだ。とても共感を覚えた。私自身も常々思っていたことを言葉にしてくれた。冷静に怒りながら発言していた。 
 いわく「謝罪する相手が違う」「彼が(彼女が)不倫したことであなたに何か迷惑かけましたか?」まったく正しい。このとき「あなた」というのは、無責任かつ無自覚に「善」の側に立とうとするコメンテーターたちと、同様に「善」の側にいるつもりの私たち視聴者をも指している。自分はそうならないよう常に気をつけているべきだ。
 また西野氏は、そのコメンテーターたちの中に自分と同業の多くの先輩たちがいることに怒り嘆いている。私自身も小学4年生のときにテレビで偶然「やすきよ」の漫才に触れて以来のお笑い好きを自認している。特に上方のお笑いについては関西近辺在住でない中ではかなりマニアックな方だと思っている。もちろん「キングコング」はマニアックなファンでなくてもよく知られた名前だが。そんな私も、この頃のワイドショーにいわゆる「お笑いさん」「芸人さん」が大挙して出演していることに違和感や不快感を持っていたところだった。
 以前上岡龍太郎が言っていた「芸人に常識を求めたらいかん。彼らは常識がないから芸人になってんねんから。常識あったらこの世界に入ってへん。」21世紀となっては些か極論ではあるが至言だと思う。そんな芸人たちが揃いも揃って神妙な顔で常識人を装う。お笑いを愛する者としてとても不愉快だ。西野氏の言葉を噛み締めるべきだと思う。こういう人たちは少なくともテレビではもう「不倫ネタ」はできないはずだ。芸能界で、いやテレビの世界で食っていく、生き残っていくのは大変なのだろうが。
 そもそも「世間に向けて謝罪すること」のおかしさは、私の敬愛する芥川賞作家、村上龍氏も20年近く前のエッセイで何度も言及していた。様々な不祥事のときの「謝罪会見」について、「たくさんのフラッシュが焚かれる中で関係者が深々と頭を下げる。一体彼らは誰に、何に向かって謝罪しているのか。こういうことがあるからこそ組織の隠蔽体質はなくならないのだろう。」という主旨のことを書いていて痛く同意したものだ。
 誰かを吊し上げて自分は善人ぶるのは止そう。そして芸人さんたち、つまらないことはやめて本業でもっと私を笑わせてください
 

[PR]
# by rui-carlos | 2017-08-14 12:50

このところ大変お世話になってるクラシック音楽関係のとあるブログを見ていて、我が大分が誇る?グランシアタにて11月15日(日)、リヒャルト・シュトラウスのオペラ「薔薇の騎士」が上演されることを知った。便利な世の中になったものだ。歩きスマホはもちろん、TPOをわきまえないスマホいじりはとかく問題視されるし私自身も常に頭には入れてるつもりながら、やはりこれだけ便利だとどうしても手にする時間は増えてしまう。
 ともあれこのオペラ上演は東京で4日愛知で2日の他には日本中でなんと我が大分のみだという。なんということ?こんなことがあるんですね。30年来クラシック音楽ファンを自認してきながら聴くレパートリーは極々限られていた私は、昨秋ふとしたことから(これも実はスマホのおかげなのだが)宮崎市のメディキット県民文化センターのアイザックスターンホールの素晴らしさに興味を持った。宮崎市民、県民には甚だ申し訳ないが、我が大分と大きく変わらない一地方都市の宮崎市にこんな素晴らしいホールが!と感嘆と羨望を禁じ得ない。何を隠そう私は学生時代の4年間宮崎市に住んでいたので、言わば第二の故郷、とても数えきれないほどの甘く懐かしい思い出が詰まった土地であり、それだけにやはり感嘆と羨望なのである。俺たち大分どうなってんだと言いたくなる。
 それはさておき、昨秋アイザックスターンホールでヘルベルト・ブロムシュテット指揮バンベルク交響楽団のブルックナー交響曲第7番を聴いて以来、しばらく小康状態だったクラシック音楽への欲求がにわかに再燃したのだった。一年弱でCD購入は30枚を超え実演に接すること4回、図書館に通い、TV放送を録画し、ネットを駆使し様々な情報を仕入れた。前述のブログもその中の大きな一つだ。
 人間の興味とは不思議なものだ。それまで自分のアンテナにまったく引っ掛かってこなかった物事、人名、言葉、音楽、街角の建物や看板…… そんなものが一度何かの拍子に引っ掛かると「なんで今まで知らなかったのか、気づかなかったのか」と不思議に感じることがよくある。それとはまた少し違うが、私にとってのリヒャルト・シュトラウスあるいは「薔薇の騎士」は自分のことでありながらそんな不思議を感じてしまう。
 クラシック音楽ファンを自認しながらも守備範囲外だった作曲家や「オペラ」というジャンルに目が向く。意図的にでなく起こったここ一年間のクラシック音楽への欲求が、自分の中のアンテナを増やしたあるいは感度を良くしたと感じ、人間の興味というものにつくづく不思議な面白みを感じるのである。
 いやいや長くなりました。そんなわけでさっそく明日にでもチケットを手配しようと思っております。最後までお読みいただきありがとうございました。

[PR]
# by rui-carlos | 2017-07-31 23:58